東京高等裁判所 平成8年(行ケ)51号 判決 1998年6月25日
アメリカ合衆国 27102 ノースカロライナ州
ウインストン-セイレム ノース メイン ストリート 401
原告
アール・ジェイ・レイノルズ・タバコ・カンパニー
代表者
カール・ダブリュー・イーマン
同
ゲーリー・テイ・バーガー
訴訟代理人弁理士
川口義雄
同
中村至
同
船山武
同
伏見直哉
連合王国 BS 99・7 UJ ブリストル
サウスビルアプトン・ロード ピー・オー・ボックス244
被告
インペリアル・タバコ・リミテッド
代表者
リチャード・チャールズ・ハナフォード
訴訟代理人弁護士
神谷巖
同
吉武賢次
同
弁理士 佐藤一雄
同
佐藤政光
同
大川晃
主文
原告の諸求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成3年審判第14658号事件について平成7年11月15日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文第1、2項と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「喫煙装置」とする特許第1174705号発明(昭和55年11月15日出願、昭和58年2月1日出願公告、昭和58年10月28日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成3年7月25日、本件特許を無効とすることについて審判を請求をしたところ、特許庁は、この請求を同年審判第14658号事件として審理し、平成7年11月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月27日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
喫煙者の口中に煙霧質を解放する紙巻きタバコ擬似の喫煙装置であって、
(a) 長手方向に延びる貫通通路を有する円筒状の燃料棒(ここで該通路の吸い口端から遠い方の端部は、燃料棒の燃焼中に少なくとも大気と連通している)、
(b) 前記通路の一端部とガス連通している、前記燃料棒の吸い口端部に位置する室、
(c) 前記室の中に位置し、前記通路から前記室に吸い込まれる熱い喫煙ガスと接触したときに煙霧質を形成し得る、吸入剤材料、および
(d) 前記室の前記燃料棒から遠い方の端部に位置する、煙霧質を通過しうる吸い口端閉鎖部材
を有する喫煙装置。
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりである。
4 審決の認否
審決の理由Ⅰ(本件特許の手続の経緯及び要旨)、同Ⅱ(請求人の主張)、同Ⅲ(証拠方法及び記載事項)は、認める。
同Ⅳ(当審の判断)中、1(甲第1号証(本訴における甲第3号証。以下、本訴における書証番号で表示する。)に記載された発明)のうち、「それは吸い口を閉鎖する目的で設けられたものとはいえず、吸い口閉鎖部材に相当するということはできない」(審決書11頁4行ないし6行)ことは争い、その余は認める。2(本件発明と甲第3号証に記載された発明との対比)のうち、相違点の認定は争い、その余は認める。3(相違点についての判断)のうち、請求人の主張内容(審決書12頁15行ないし13頁9行及び14頁4行ないし15行)は認め、その余は争う。
5 審決を取り消すべき事由
審決は、相違点を看過し、又は、相違点についての判断を誤ったため、新規性又は進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(新規性の判断について)
<1> 隔壁の有無について
被告は、甲第3号証(米国特許第3516417号明細書)に記載された発明では、通路の回りにシガレットペーパーによる隔壁が存在し、審決はその点の相違点を看過していると主張するが、誤りである。
(a) 甲第3号証に記載された発明では、タバコ1と通路4との間にシガレットペーパーが隔壁として存在しない。すなわち、
甲第3号証には、隔壁としてのシガレットペーパーについて全く記載されておらず、第4図にもシガレットペーパーによる内管を示す参照番号の記載もない。
甲第3号証には、甲第3号証に記載された発明についで、白熱タバコにより熱せられた空気は、「通常紙巻タバコにおけるように燃焼タバコを介するよりもむしろ、主として通路を通過(する)」(4欄30行、31行。訳文5頁9行、10行)と記載されているが、この記載は、燃焼によるタバコ煙の少なくとも一部分は通常の紙巻きタバコの場合と同様に燃焼タバコを通過することを意味していると解される。
また、甲第3号証には、「通路4は圧縮タバコにおける空所により提供される」(4欄21行ないし23行。訳文5頁4行)と明記されている。
(b) 甲第3号証に記載された発明の通路は、仮に隔壁としてシガレットペーパーを有するとしても、上記シガレットペーパーの有無は吸い口部分の温度に実質的に影響しないから、吸い口に充填されているタバコ等からニコチン等の煙霧質を生成させるという点で、隔壁を有しない喫煙装置の通路とその機能において同一である。
すなわち、甲第3号証に記載された発明において、上記シガレットペーパーは着火後初期の段階で焼失するから、当該シガレット・ペーパーは隔壁としての機能を有しない(甲第11、第12号証-石津嘉昭鑑定書)。
<2> 吸い口閉鎖部材について
審決は、甲第3号証に記載された発明のタバコの吸い口側は、「吸い口を閉鎖する目的で設けられたものとはいえず、吸い口閉鎖部材に相当するということはできない」(審決書11頁4行、5行)、本件発明と甲第3号証に記載された発明とは、「前者では、室の燃料棒から遠い方の端部に、煙霧質を透過し得る吸い口端閉鎖部材を有しているのに対し、後者では吸い口端閉鎖部材を有していない点」(同12頁3行ないし6行)で相違すると認定するが、誤りである。
甲第3号証に記載された発明は、その紙巻きタバコの吸い心地を増大させるために吸い口にタバコ又はタバコ用フィルターを充填しているが(甲第3号証2欄41行ないし44行、3欄57行ないし65行。訳文2頁下3行、4頁12行ないし17行)、これらは、燃料棒から遠い方の端部に位置すること及び煙霧質を透過し得ることの2要件を充足するから、本件発明の吸い口端閉鎖部材と実質的に同一である。
<3> 吸入剤材料について
審決は、本件発明と甲第3号証に記載された発明とは、「室の中に、設けられた熱い喫煙ガスと接触する材料が、前者では、熱い喫煙ガスと接触したときに煙霧質を形成しうる吸入材料であるのに対し、後者では、フィルター又はタバコであって、吸入剤による煙霧質の形成及びその喫煙者の口中への解放については特定されていない点」(審決書12頁7行ないし12行)で相違する旨認定するが、誤りである。
前記のとおり、甲第3号証に記載された発明の吸い口にはタバコ又はタバコ用フィルターが使用されているところ、タバコ充填物が使用される場合、タバコ葉は加熱によりニコチン等の煙霧質形成物質を放出する。吸い口が標準的紙巻きタバコ用フィルターである場合、タバコ用フィルターを形成する酢酸セルロースの可塑剤としてトリアセチンが含まれているが、このトリアセチンは、喫煙時、ニコチンと同様に、タバコ煙中に溶離される。
したがって、同一煙霧質形成材料を同一構成装置において同一条件下で、本流の煙霧質(タバコの燃焼煙)に接触させているから、甲第3号証に記載された発明においても、本件発明におけると同様に、付加的煙霧質の生成は不可避であり、甲第3号証に記載された発明においてその吸い口に充填されたタバコ又はタバコ用フィルターは本件発明の吸入剤材料と実質的に同一である。
(2) 取消事由2(進歩性の判断について)
審決は、「甲第3号証に・・・そのタバコの含有する有害成分であるニコチンを煙霧質化して吸引するという、同号証記載の発明の目的に反する技術思想が甲第3号証に記載されているとはいえない」(審決書13頁18行ないし14頁2行)、「甲第3号証には、吸い口端部に位置する室の中に、熱い喫煙ガスと接触したときに煙霧質を形成しうる吸入剤材料を有している点は記載も示唆もされて(いない)」(同15頁13行ないし16行)と認定し、「本件発明は、・・・その出願前に頒布された刊行物である甲第3号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない」(同16頁3行ないし7行)と判断するが、誤りである。
<1> 本件明細書には、本件発明の主目的について、「しかし、かような紙巻きタバコを吸うときには、熱分解によつてまたタバコを吹かしていないくすぶつているときに流出して若干のニコチンが失なわれるだけでなく、またそのほか、一酸化炭素などの有害化合物がまた吸い込まれる。本発明は、上記の欠点が少なくとも実質的に回避される喫煙装置を提供するものである。」(甲第2号証3欄4行ないし10行)、「使用に際しては、燃料棒の端部に点火したときに、喫煙者がタバコを吹かすとき空気は装置を軸方向に流れる。通路12に入る空気は、燃焼している棒を通つて、燃焼棒から出る燃焼ガスによつて混合加熱される。この熱ガス流は、通路12を通り、準備材料の顆粒の間を通つて、フィルタ吸い口13を通つて喫煙者の口の中に吸い込まれる。準備材料を通過する熱ガス流は、微小カプセルを破壊し、香味料の煙霧質を形成する揮発性溶液を解放する。」(同4欄35行ないし44行)、「以上説明した喫煙装置の性能を評価するために多くの実験を行なつて、喫煙中に香味料が本流の煙霧質内に入る量を測定した。」(同6欄8行ないし10行)、「以上、本発明による喫煙装置は、本流の煙の中に解放される物質を制御する装置を提供する。」(同8欄9行、10行)と記載されている。
これらの記載によれば、本件発明は、喫煙者が吸引する物質の制御を主目的とする。
<2> 甲第3号証には、甲第3号証に記載された発明(第4図喫煙装置)の喫煙態様について、「この発明の他の一つの具体例は、第4図に図示されている。参照数字1はホールダーまたは管2における充填タバコを示し、これはシガレット・ペーパーに包まれたシガレット・ブレンドの圧縮または成形巻きタバコである。火をつけるための末端は3で示されている。通路4は圧縮タバコにおける空所により提供される。プラグまたはブロッキング5”は、通路が口6に配置される吸い口または末端と連通するように図示のよう穴があけられている。このプラグは、セルロース、プラスチック、金属箔、蝋または圧縮材料から形成されてもよい。タバコ充填物が着火されそして吸い口が唇の間に配置されて吸引が適用される時、白熱タバコにより熱せられた温かい空気は、通常紙巻きタバコにおけるように燃焼タバコを介するよりもむしろ、主として通路を通過し、喫煙をシミュレートする。」(4欄17行ないし32行。訳文5頁1行ないし10行)と記載されている。
この記載によれば、甲第3号証に記載された発明において、喫煙者は、通路4を通し、燃焼部位で生成するタバコ煙、すなわち本件発明と同様の「本流の煙霧質」を不可避的に吸い込むと解することができる。
<3> したがって、甲第3号証に記載された発明も、喫煙者が吸引する物質(タバコ煙)の制御を主目的とする点は本件発明と同一であり、本件発明は、甲第3号証等から容易に想到できるものである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 認否
請求の原因1ないし3は認め、同5は争う。審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1(新規性)について
<1> 甲第3号証に記載された発明では、通路の回りにシガレットペーパー等による隔壁が存在する。
すなわち、甲第3号証の全体的説明部分には、「タバコはホールダー内に詰められ、ホールダーは喫煙者の口と空気通路との連通から密閉されており、その結果口の中に引き込まれる空気は煙によって汚染されない。」(1欄16行ないし19行。訳文1頁10行ないし12行)と明記されている。
他の実施例に関する記述を見ると、第1図の実施例について「参照数字1は、管またはホールダーにおける充填タバコを示し、これはシガレット・ペーパー2に包まれた通常の圧縮紙巻きタバコである。・・・通路4は、内管2とシガレット・ペーパー7の外管との間に提供され」(3欄39行ないし44行。訳文4頁1行ないし4行)、第3図の実施例について「参照数字1は、管またはホールダーにおける充填たばこ示し、これはシガレット・ペーパー2に包まれた通常の圧縮シガレット・タバコである。・・・通路4は、内管2とシガレット・ペーパー7の間に提供され」(3欄67行ないし73行。訳文4頁19行ないし22行)と記載されており、第1図の実施例、第3図の実施例とも、シガレットペーパー等の隔壁を設けているものである。
甲第3号証に記載された発明では、タバコ1からの煙が吸い口6に入っていかないように、あえてプラグ又はブロッキング5、5’又は5”が置かれている。
甲第3号証中には、「タバコ充填物が着火されそして吸い口が唇の間に配置されて吸引が適用される時、白熱タバコにより熱せられた温かい空気は、通常紙巻きタバコにおけるように燃焼タバコを介するよりもむしろ、主として通路を通過し、喫煙をシミュレートする」(4欄27行ないし32行。訳文5頁7行ないし10行)と記載され、「温かい空気」との表現が採用されている。
甲第3号証の第1図や第3図を見ても分かるように、境界がない場所は、斜線が解放されていて、境界にシガレットペーパー等がある場所にのみ境界が描いてある。このような描画法の下において、第4図の通路4の回りには、境界線が描いてある。
したがって、甲第3号証中の第4図の実施例の説明箇所(4欄17行ないし35行。訳文5頁1行ないし12行)には、シガレットペーパーからなる隔壁があることは明記されていないが、このことは、当業者にとって自明なことである。
原告は、甲第3号証中の白熱タバコにより熱せられた空気は、「通常の紙巻タバコにおけるように燃焼タバコを介するよりも、むしろ主として通路を通過」との記載を隔壁がないことの一根拠として主張するが、シガレットペーパーは空気を完全に通さないわけではないから、上記記載は隔壁がないと解すべきことの根拠とはならない。
<2>(a) シガレットペーパーの隔壁を有する甲第3号証に記載された発明において吸い口に達する空気の温度がどの程度かは、明確に主張できないが、吸い口でニコチン等をほとんど揮発させない程度であることは明らかである。
すなわち、甲第5号証(Beitr.Z.Tabak.5)66頁の第7表に示されているように、空気の温度が高くない場合は、ニコチンはほとんど蒸発しない。また、ニコチンの沸点は247℃(乙第1号証-化学大辞典6689頁、690頁)、トリアセチンの沸点は258ないし260℃(乙第2号証-化学大辞典1 125頁、126頁)であるから、その沸点はほぼ同じであり、揮発し易さも同様である。したがって、甲第3号証に記載された発明の吸い口に達する程度の温度の空気によっては、ニコチンもトリアセチンもほとんど揮発しない。
(b) 甲第11、第12号証の実験結果は、隔壁が着火後初期段階で燃失することはあり得ないことであり、信用することができない。
すなわち、通常のタバコで、十分な量の空気に触れていても、タバコの巻紙は燃えないで、燻るだけである。第4図喫煙装置の通路は、回りをタバコに囲まれた狭い空所であり、酸素が十分に供給されないから、シガレットペーパーが燃焼するなどということは、あり得ないことである。甲第11号証の10項では、「タバコ粉材(30乃至50メッシュ)を押し出し成形して充填タバコ1とし」と記載されているが、第4図喫煙装置では通常のタバコが用いられたのであり(甲第3号証3欄38行ないし42行。訳文4頁1行ないし3行)、燃焼し易さを根本的に変更しては、実験結果が第4図喫煙装置が期待するものと異なるものとなっても不思議はない。
さらに、甲第11、第12号証においては、通路とシガレットペーパーの内管との間に隙間約0.4mmがあるが、この隙間があるためシガレットペーパーの内管への空気の供給が十分に行われ、内管の燃焼が促進されたと考えられる。このような隙間は甲第3号証に記載された発明には開示も示唆もされていないものであり、甲第11、第12号証が甲第3号証の正確な追試であるということはできない。
(2) 取消事由2(進歩性)について
<1> 本件発明は、ニコチンや香味料を確保し、一酸化炭素等の有害物質を取り除くものである(甲第2号証3欄4行ないし10行、20行ないし22行)。すなわち、燃料棒11が燃焼して発生する熱ガス流は、燃料棒11の中心に設けられた(より抵抗の低い)軸通路12に集まる。そして、熱ガス流は、軸通路12を通って煙霧質準備室14に導かれる。軸通路12は外部に向かって開口されているので、ここから空気が入ってくるが、この空気は熱ガス流と混合する。この気体の温度は、130℃ないし150℃である。煙霧質準備室に詰められている吸入剤はニコチンや揮発性の香味料であるが、上記熱い気体に曝されてニコチンや香味料が揮発し、煙霧状になり、喫煙者の口に入る。
<2> 他方、甲第3号証に記載された発明においては、ニコチンはタールとともに有害物質とされ、これを除きつつタバコを吸った実感を与えることを目的としている。原告が主張するニコチン等が揮発するという効果は、甲第3号証には記載も示唆もされていない。
<3> 以上から明らかなように、本件発明と甲第3号証に記載された発明とは、ニコチンを確保するのか排除するのかという点について正反対の目的を持っているから、甲第3号証に記載された発明から本件発明を推考することは容易であったとは到底いえない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由の記載)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由Ⅲ(証拠方法及び記載事項)は、当事者間に争いがなく、同Ⅳ(当審の判断)中、1(甲第3号証に記載された発明)のうち、「それは吸い口を閉鎖する目的で設けられたものとはいえず、吸い口閉鎖部材に相当するということはできない」(審決書11頁4行ないし6行)ことを除く事実、同2(本件発明と甲第3号証に記載された発明との対比)のうち、相違点の認定を除く事実は、当事者間に争いがない(ただし、被告の審決の認定と異なる事実主張により、両者が通路にシガレットペーパー等の隔壁を有するか否かの点で相違するかの点については、当事者間に争いがある。)。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 本件発明及び甲第3号証に記載された発明について
<1> 本件発明について
(a) 甲第2号証によれば、本件明細書には、本件発明に係る技術分野、技術課題、従来技術、目的、構成及び効果について、次のように記載されていることが認められる。
「本発明は、喫煙装置に関し、特に喫煙中のニコチンの損失を防止し、かつ有害な化合物を吸入しないようにする喫煙装置に関する。」(2欄35行ないし37行)
「多くの人々が何故に通常の紙巻タバコを吸うかという理由の中には、彼らがニコチンを含有する煙霧質を吸入することを希望するという事実がある。しかし、かような紙巻タバコを吸うときには、熱分解によってまたタバコを吹かしていないくすぶっているときに流出して若干のニコチンが失なわれるだけでなく、またそのほか、一酸化炭素などの有害化合物がまた吸い込まれる。」(3欄1行ないし8行)
「上記の欠点を避ける目的で以前に提案された喫煙装置は、シー・ディー・エリス氏他の米国特許第3356094号明細書に記載されている。これは、その一端部に吸い口を持ったタバコの形状の管を持っている。このタバコの内部には熱で壊れやすい材料の軸方向の内側管が含まれ、その内側表面はニコチンなどの添加材料で被覆されている。従って、喫煙するときに、熱ガスは内側管内を吸い上げられて煙霧状のニコチンを放出して喫煙者によって吸い込まれる。しかし、この装置では、くすぶっている間にニコチンや香味料などの他の好ましい化合物の相当量が失なわれる。また、喫煙中にその燃焼端部から見っともなく内側管が突出する傾向がある。」(3欄11行ないし24行)
「本発明による喫煙装置は、喫煙者の口の中に煙霧質を放出するための紙巻きタバコ擬似喫煙装置であって、下記の構成を持っている。
(a) 長さ方向に延びた貫通通路を持つ燃料の棒、
(b) 前記通路の端部とガス連通して、喫煙時に熱ガスが燃焼する燃料棒から入る室、
(c) 前記室の中に位置し、喫煙中に熱ガスが接触したときに、喫煙者によって吸入されるための煙霧質を形成する吸入剤材料、
(d) 前記室は、煙霧質を透過する吸い口閉鎖部材を燃料棒から遠い方の端部に持っている。」(3欄25行ないし35行)
「以上、本発明による喫煙装置は、本流の煙の中に解放される物質を制御する装置を提供する。くすぶっている間に熱分解および側流による吸入剤材料の損失はまた減少する。更に、かような喫煙装置は、外観において通常の紙巻タバコに非常に似ている。」(8欄9行ないし14行)
(b) これらの記載によれば、本件発明は、紙巻きタバコにおいては熱分解によりニコチンが失われ、一酸化炭素等の有害化合物が吸い込まれる等の課題があり、これらの課題を解決する喫煙装置として、一端に吸い口を有するタバコ形状の管を有し、かつ、その内部軸方向に熱で壊れやすい材料からなる内側管を有するとともに、その内側管の表面にニコチン等の添加材料を被覆し、熱ガスが内側管内に吸い込まれた時、当該添加材料から煙霧状ニコチンが放出され、その結果、喫煙者が、熱ガスとニコチンを吸い込むことができる喫煙装置(米国特許第3356094号の喫煙装置)が提案されているところ、上記喫煙装置においても、タバコが燻っている間に、ニコチン等の好ましい化合物が相当量失われ、内側管が燃焼端部から突出する等の問題点があることから、これらの問題点を解決するために、本件発明の要旨のとおりの構成、殊に、煙霧質を形成する吸入剤材料を燃料棒の吸い口端部に位置する室に位置させ、内側管をなくして長手方向に延びる通路を設け、熱ガス流をこの通路を通過させることによって、本流の煙の中に解放される物質を制御でき、タバコが燻っている間における吸入剤材料の損失を低減でき、さらに、外観を通常の紙巻タバコに似せることができる、との効果を奏するものであることが認められる。
<2> 甲第3号証に記載された発明
(a) 甲第3号証によれば、同号証(米国特許第3,516,417号明細書)には、次のように記載されていることが認められる(一部は当事者間に争いがない。)。
ア 「要約 この発明は喫煙をシミュレートするための装置に関する。外を取り巻く通路を介して空気が喫煙者の口の中に引き入れられるが、この空気は、引き込みにより内部に充填された燃焼タバコを経て通路に沿って温められる。タバコはホールダー内に詰められ、ホールダーは喫煙者の口と空気通路との連通から密閉されており、その結果口の中に引き込まれる空気は煙によって汚染されない。空気通路は、ホールダーから離間した外部管状部材から形成され、内部ホールダーを形成する可燃性材よりも速い燃焼速度を有する可燃性材より成る。」(1欄12行ないし23行。訳文1頁7行ないし14行)
「フイルタ吸い口付き紙巻きタバコの流行は、そのようなフイルタが煙の中のタールと同様に、煙のニコチン含有量を除去低減するだろうという一般の期待の反映である。・・・製造されたフイルタ付き紙巻きタバコは、有害成分を排除するという観点あるいは喫煙者に通常のストレート紙巻きタバコの喫煙特性を与えるという観点のいずれの観点から見ても、完全に満足できるものではなかった。この発明で述べる紙巻きタバコは、異なるブランドの香味を区別し得、且つ喫煙を享楽し得ることを求めるような喫煙者に向けては必ずしも設計されていない。・・・紙巻きタバコに火をつけて吸い、そして燃えるタバコの芳香を享受し、しかも、この特別な設計の結果、タバコ煙に含まれる有害成分の多くあるいは殆どを摂取することがない。喫煙の効果は、口または肺に吸い込まれる温かい空気によって与えられる。」(1欄26行ないし50行。訳文1頁15行ないし30行)
イ 特許請求の範囲
「1.喫煙をシミュレートするための喫煙装置であり、前記装置は次より成る:
(a)充填タバコ
(b)前記充填タバコを包む延長されたタバコ・ホールダー、
(1) 前記ホールダーは前記タバコの燃焼を許容するための開放端、および閉鎖端を有し、
(2) 前記ホールダーは空気に対して不透過性の可燃性材料より成り、
(c)前記ホールダーから離れており前記ホールダーの長さを取り囲み
且つ伸長している空気通路を区画する管状部材、前記部材は前記タバコ・ホールダーを形成する材料よりも速い燃焼速度を有する可燃性材料より成り、および
(d)吸引が吸い口に適用される時、空気が燃焼充填タバコを後方に経て前記空気通路および前記吸い口を介して吸い込まれることを許容するために、前記ホールダーの閉鎖端部に隣接し空気通路と開連通して配置された吸い口。
2.タバコ・ホールダーの閉鎖端部が煙不浸透性プラグより形成されている、クレーム1の喫煙装置。」(4欄59行ないし5欄7行。訳文5頁下から8行ないし6頁8行)
ウ 第1図及び第3図に示された装置
「第1図は、私の発明の一形態の断面立面図である。参照数字1は、管またはホールダーにおける充填タバコを示し、これはシガレット・ペーパー2に包まれた通常の圧縮紙巻きタバコである。・・・通路4は、内管2とシガレット・ペーパー7の外管との間に提供され、これは、第2図の参照数字8により示されるように、長手方向に延伸したリブによって離間関係に保持される。・・・第1図から、外管7により供給される通常紙巻きタバコからの逸脱に加えて、さらなる新機軸がプラグ5、またはブロッキングにあることが注意され、これは燃焼タバコにより放出される蒸気が口6に配置される吸い口または末端に入ることを防止する。」(3欄38行ないし55行。訳文4頁1行ないし10行)、「この発明の他の一つの具体例は第3図に描かれており、この図は断面立面図である。参照数字1は、管またはホールダーにおける充填タバコを示し、これはシガレット・ペーパー2に包まれた通常の圧縮シガレット・タバコである。・・・通路4は、内管2とシガレット・ペーパー7の間に提供され、第2図の参照数字8により示されているように、長手方向に延伸したリブによって離間関係に保持されている。・・・発明のこの形態において、燃焼タバコにより放出される蒸気が吸い口に入ることを防止するプラグまたはブロッキング5は、内管2のクリンプまたはシールされた末端より形成され、吸い口に当接する。」(3欄66行ないし4欄7行。訳文4頁18行ないし27行)
(b) これらの記載によれば、甲第3号証の特許請求の範囲で請求された喫煙装置は、不透過性の可燃性材料よりなり、一端を閉鎖、他端を開放したタバコ・ホールダーを、外部管状部材で取り囲んで当該ホールダーの外側に隣接して空気通路を区画し、当該通路と上記ホールダーの閉鎖端に隣接して設けた吸い口とを連通せしめ、かつ、上記ホールダーを上記空気通路及び当該通路と連通する吸い口から密閉する構造を基本構造とするものであることが認められる。
これに対し、甲第3号証の第4図喫煙装置(甲第3号証に記載された発明)は、通路4が圧縮タバコの内部に形成された構造のものであるから、第4図喫煙装置が甲第3号証の特許請求の範囲に含まれるものでないことは明らかである。しかしながら、甲第3号証によれば、同号証には、第4図についての説明として、「この発明の他の一つの具体例は、第4図に図示されている。」(4欄17行、18行。訳文5頁1行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、第4図喫煙装置は、出願当初、特許請求に係る発明の一具体例として、上記特許請求された喫煙装置の具体例とともに開示されていたものであることが認められる。そうすると、第4図喫煙装置及び上記特許請求された喫煙装置は、課題認識、その課題を解決する基本手法を同じくするものであると認められる。そして、甲第3号証には、そこに記載された発明がタバコの本流煙の中にニコチン等を付加することを目的としたものであることを開示又は示唆する記載は見いだせないから、甲第3号証に記載された発明(第4図喫煙装置)も、タバコ煙をなるべく排除しながらタバコを吸った実感を与えることを目的としており、タバコの本流煙の中にニコチン等を付加することを目的とした発明ではないと認められる。
(c) これに反する原告の主張は、甲第3号証に記載された発明では、現実にニコチン等がタバコ煙中に付加され、しかも、その点が当業者に自明であることを前提とするものであるところ、甲第3号証に記載された発明は、上記のとおり、タバコ煙をなるべく排除してタバコ煙に含まれるタール、ニコチン等を摂取しないようにしながらタバコを吸った実感を与えることを目的とするものであって、後記(2)のとおり、甲第3号証に記載された発明ではニコチン等がタバコ煙中に不可避的に生成、放出されることを認定するには疑問があり、仮にニコチン等がタバコ煙中に放出、付加される可能性があるとしても、甲第3号証にはその旨の記載はなく、示唆もされていない上、当業者にこのことが自明であったとも認められないから、この点の上記原告の主張は採用することができない。
(2) 取消事由1(新規性)について
<1> 甲第3号証に記載された発明(第4図喫煙装置)の通路にシガレットペーパー等の隔壁があるか否かについて検討する。
(a) 甲第3号証によれば、同号証には、甲第3号証に記載された発明(第4図喫煙装置)について、次のように記載されていることが認められる(一部は当事者間に争いがない。)。
「この発明の他の一つの具体例は、第4図に図示されている。参照数字1はホールダーまたは管2における充填タバコを示し、これはシガレット・ペーパーに包まれたシガレット・ブレンドの圧縮または成形巻きタバコである。火をつけるための末端は3で示されている。通路4は圧縮タバコにおける空所により提供される。プラグまたはブロッキング5”は、通路が口6に配置される吸い口または末端と連通するように図示のとおり穴があけられている。・・・タバコ充填物が着火されそして吸い口が唇の間に配置されて吸引が適用される時、白熱タバコにより熱せられた温かい空気は、通常紙巻きタバコにおけるように燃焼タバコを介するよりもむしろ、主として通路を通過し、喫煙をシミュレートする。」(4欄17行ないし32行。訳文5頁1行ないし10行)
「さらに、喫煙をシミュレートするための手段が提供され、そしてそれは、充填タバコを保持するようなホールダーおよび充填タバコに対して隣接し且つ内部である通路を区画する手段より成り、そして通路は吸い口と連通している。
そしてさらに、本発明によれば、喫煙をシミュレートするための手段が提供され、それは、火をつけるための末端を有する充填タバコ、および充填タバコに対して隣接し且つ内部にある通路を区画し、そして口の中に配置される吸い口または末端を有する手段より成り、通路はプラグの穴(そうでなければ、プラグは充填タバコを吸い口からシールする)を介して吸い口と連通し、吸引が吸い口に適用されたとき、それに沿って、ホールダーを経て、プラグおよび吸い口を介して空気の流れを許容するようにされている。」(3欄6行ないし21行。訳文3頁17行ないし26行)
さらに、甲第3号証の第4図によれば、点火のための末端3は、実線で描かれていないが、通路4と充填タバコ1との境界部分は、実線で描かれていることが認められる。
(b) 甲第3号証の上記4欄17行ないし32行(訳文5頁1行ないし10行)の部分だけでなく、甲第3号証中の第4図喫煙装置に関する他の記載及び第4図を全体として理解すれば、甲第3号証に接する当業者は、第4図喫煙装置の通路4と充填タバコ1との境界は、シガレットペーパーのような空気に対して不透過性の可燃性材料で区切られていると理解するものと認められる。
これに反する原告の主張は、上記に説示した理由により、採用することができない。
<2> 原告は、甲第3号証に記載された発明の通路がシガレットペーパーの隔壁を備えるとしても、当該通路の機能はシガレットペーパーがない通路の機能と同一であると主張するので、この点について検討する。
(a) 甲第2号証によれば、第2図の実施例につき、「使用時には、いづれの実施例の喫煙装置も、燃料棒の温度は800℃程度であって、吸入剤材料における空気混合流の温度は、この装置の喫煙中に130℃と15℃との間で変化する。」(5欄22行ないし25行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、本件発明では、吸い口におけるタバコ煙の温度は130℃ないし150℃程度であると認められる。
これに対し、甲第3号証に記載された発明では、前記のとおり、内部にシガレットペーパー等による隔壁が存するから、本件発明の装置に比し、燃焼部から充填タバコ部を経由して通路に流入してくる空気の量が相当減少し、その分、隔壁の先端から燃焼部を経由せずに通路に流入する空気の量が増加すると認められるから、充填タバコの吸い口端部における温度は、本件発明の装置に比し、相当低下するものと認められる。
(b) 当事者間に争いのない甲第4号証(米国特許第3,258,015号明細書。審決時の甲第2号証)の記載内容並びに甲第9号証(廣川書店薬物植物大辞典211頁、212頁)及び乙第1号証(化学大辞典6 689頁、690頁)によれば、タバコはニコチン放出材料として周知であるところ、200℃ないし400℃に熱すると、タバコ内に含むニコチン(沸点247℃)を蒸気として放出することが認められる。
そうすると、吸い口に到達するガス流の温度が本件発明の130℃ないし150℃に比べても相当低いと認められる甲第3号証に記載された発明の装置において、吸い口に詰められたタバコからニコチンが必然的に放出されると認めることはできない。
(c) また、当事者間に争いのない甲第5号証(Beitr.Z.Tabak.5。審決時の甲第3号証)及び甲第6号証(米国特許第3890983号明細書。審決時の甲第4号証)の記載内容並びに乙第2号証(化学大辞典1 125頁、126頁)によれば、沸点258℃ないし260℃のトリアセチンがタバコ用フィルター材料(可塑剤)として広く用いられていることが認められる。
そうすると、吸い口端部に到達する熱ガス流の温度が本件発明の130℃ないし150℃に比べても相当低いと認められる甲第3号証に記載された発明の装置において、ニコチンよりも沸点の高いフィルター中のトリアセチンが必然的に放出されると認めることはできない。
(d) 原告は甲第11、第12号証を提出するが、甲第11号証(石津嘉昭鑑定書)には、「シガレット内管を有する場合に喫煙初期においてより高温となるのは、燃焼タバコにより生成する熱に加えて、シガレットペーパー内管が燃焼して熱を生成するためと考えられます。一度、シガレットペーパー内管が燃焼し尽くしてしまえば、両者の温度は極めて類似したものとなります。」(5頁4行ないし7行)と記載されていることが認められる。
しかしなから、上記甲第11号証及び甲第12号証(補充鑑定書)によれば、試験に使用されたサンプルは、「通路の直径が約3.4mmで」(甲第11号証3頁末行)、「シガレットペーパー内管の直径は約3mm」(同4頁2行、3行)で、「両者の半径の差(空隙)が約0.2mmとなるように設計され」(甲第12号証2頁18行、19行)たことが認められる。しかも、甲第12号証別紙拡大断面写真によれば、試験用サンプルの通路とシガレットペーパー内管との間の間隙は、不規則な形状で、目視できる程度の大きさのものであることが認められ、上記約0.2mmの間隙の断面積が、通路断面積の22%(1-1.52÷1.72)を占めることに照らせば、上記間隙の存在が通路の通気性に無視できない影響を与え、その影響がシガレットペーパー内管の燃焼性に係る試験結果に現れている可能性がある。
甲第11、第12号証には、上記間隙が燃焼性に関する試験結果に影響しない旨の記載部分があるけれども、直ちには採用し難く、甲第11、第12号証の試験結果から、隔壁の有無により通路を通過するガス流の温度に差がないと認定するには疑問が残るといわなければならない。
なお、甲第10号証に記載されたものも、バイプ(内管)の存在により、燃焼部から充填タバコ部(未燃焼タバコ部)を経由して流入することを阻止しており、また、先端からの汚染されていない空気の吸入を阻止する構成を有しているとも認められないから、甲第10号証の記載は、隔壁を有する場合と有さない場合の通路を通過するガス流の温度の相違についての前記認定を左右するものではない。
(e)以上のとおりであるから、シガレットペーパー内管の有無にかかわらず、吸い口端部に到達するガス流の温度に差はなく、甲第3号証に記載された発明の通路がシガレットペーパー等の隔壁を備えるとしても、当該通路の機能はシガレットペーパー等がない通路の機能と同一であるとの原告の主張は採用し難い。
<3> ところで、甲第11、第12号証の試験結果には上記のような疑問点があるものの、これらから、甲第3号証に記載された発明において、シガレットペーパー内管の有無にかかわらず吸い口端部におけるガス流の温度には差がなく、吸い口にタバコを詰めた場合、ニコチン等の煙霧質が生成、放出されるものと認定し得る余地がある。
しかしなから、甲第3号証に記載された発明においては、前記認定のとおり、通路は汚染されていない「warm air(温かい空気)」を吸い口に引き込むものとされており、温かい空気の熱でニコチン等の煙霧質を不可避的に生成、放出することは意図されておらず、同号証にこの点の記載はなく、開示されていないこと、また、本件発明の出願当時、甲第3号証に記載された発明において、吸い口にタバコを詰めた場合、ニコチン等の煙霧質が不可避的に生成、放出されることが当業者に自明であったとは認められないことに照らすと、本件発明と甲第3号証に記載された発明が同一であると見ることはできない。
<4> したがって、本件発明は甲第3号証に記載された発明と同一であると認めることはできず、原告主張の取消事由1は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(3) 取消事由2(進歩性)について
本件発明の容易想到性について検討すると、甲第3号証においては、タバコ煙をなるべく排除しながらタバコを吸った実感を与えることを目的とし、タバコの本流煙の中にニコチン等を付加することが開示されていないことは、前記(1)、(2)に説示のとおりであるから、甲第2ないし第5号証(審決時の書証番号)の記載を参酌しても、本件発明が甲第3号証に記載された発明から容易に想到し得たものと認めることはできない。
したがって、原告主張の取消事由2は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する(平成10年6月11日口頭弁論終結)。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
平成3年審判第14658号
審決
アメリカ合衆国 27102 ノースカロライナ州 ウインストン・セイレム、ノース・メイン・ストリート401
請求人 アール・ジエイ・レイノルズ・タバコ・カンパニー
東京都新宿区新宿1丁目1番14号 山田ビル 川口国際特許事務所
代理人弁理士 川口羲雄
東京都新宿区新宿1丁目1番14号 山田ビル 川口国際特許事務所
代理人弁理士 中村至
東京都新宿区新宿1-1-14 山田ビル 川口国際特許事務所
代理人弁理士 船山武
イギリス国 ブリストル ハートクリフ
被請求人 インペリアルタバコリミテッド
東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所
代理人弁理士 大川晃
東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所
代理人弁理士 佐藤政光
東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内
代理人弁理士 佐藤一雄
上記当事者間の特許第1174705号発明「喫煙装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する.
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
Ⅰ.本件特許の手続の経緯及び要旨
本件特許第1174705号発明(以下「本件発明」という。)は、昭和55年11月15日(優先権主張1979年11月16日、英国)に出願され、昭和58年2月1日に出願公告(特公昭58-5660号)がされた後、昭和58年10月28日に設定の登録がなされたもので、その発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの次のものと認める。
「喫煙者の口中に煙霧質を解放する紙巻きタバコ疑似の喫煙装置であって、
(a) 長手方向に延びる貫通通路を有する円筒状の燃料棒(ここで該通路の吸い口端から遠い方の端部は燃料棒の燃焼中に少なくとも大気と連通している)、
(b) 前記通路の一端部とガス連通している、前記燃料棒の吸い口端部に位置する室、
(c) 前記室の中に位置し、前記通路から前記室に吸い込まれる熱い喫煙ガスと接触したときに煙霧質を形成し得る、吸入剤材料、および
(d) 前記室の前記燃料棒から遠い方の端部に位置する、煙霧質を通過しうる吸い口端閉鎖部材を有する喫煙装置。」
Ⅱ.請求人の主張
これに対し、請求人は、本件特許は、以下の理由(1)、(2)より、特許法第123条第1項第1号に該当し、無効とされるべきであると主張している。
(1) 本件発明は、甲第1号証に記載された発明と同一の発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
(2) 本件発明は、甲第1号証に記載された発明から当業者であれば容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項に該当し、特許を受けることができない。
Ⅲ.証拠方法及び記載事項
そして請求人が上記主張事実を立証するために提示した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:米国特許第3,516,417号明細書
甲第2号証:米国特許第3,258,015号明細書
甲第3号証:Beitr. Z. Tabak. 5、65 (1969)
甲第4号証:米国特許第3,890,983号明細書
甲第5号証:Tobacco Science 11、49 (1967)
各証拠方法には以下の事項が記載されている。
[甲第1号証]
「フィルタ吸い口付き紙巻きタバコの人気は、そのようなフィルタが煙のニコチン成分と煙の中のタール分を共に取り除いてくれるだろうという大衆の期待を反映している。これらの物質は肺癌などの病気との関連が疑われているものである。製造されたフィルタ付き紙巻きタバコは、有害な成分を取り除くとか、あるいは喫煙者に従来の「フィルタなしタバコ」の感覚を与えるなど、いずれの点においても完全な満足を与えられないものだった。
本発明で述べる紙巻きタバコは必ずしも各種銘柄の風味を味わい分け喫煙を楽しむことができるような愛煙家を対象とはしておらず、むしろ、社会的喫煙者、または、タバコに火をつけスパスパとやって気を紛らわせるというような慢性的に神経質な個人に狙いを定めている。この紙巻きタバコの外観は通常のものと変わらず、燃え方も同じであるが、普通の灰と吸殻の他は残留物を残さない。それは使用者に喫煙の感覚全てを味わわせるという心理的反応の利点をもたらす。つまり、火をつけ、タバコをくわえ、燃えるタバコの芳香を味わいつつ、しかも、この特別な設計によって、タバコの煙の中の有害成分を余り又は全然摂取しないですむのである。喫煙の効果は口や肺に吸引される温かい空気でもたらされる。」(1欄26~50行)
[甲第3号証]
「フィルター材料の実験に供するためのフィルターは、次のようにして調製された。単糸5デニール、総デニール40,000の酢酸セルロースのトウ(通常の断面形状)に、13%のトリアセチンを加えて得た、圧力損失が4.19cmのもの;」(67頁左欄8~11行)
[甲第4号証]
[甲第5号証]
Ⅳ.当審の判断
1.甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には、特にその第4図に示された態様及びそれに関連する記載(前記
紙巻きタバコ疑似の喫煙装置であって、
(a')長手方向に延びる貫通通路4を有する円筒状のタバコ充填物1(ここで該通路4の吸い口6端から遠い方の端部はタバコ充填物1の燃焼中に少なくとも大気と連通している)、
(b')前記通路4の一端部とガス連通している、前記タバコ充填物1の吸い口6端部、および
(c')前記吸い口6の中に位置し、前記通路4から前記吸い口6に吸い込まれる熱い喫煙ガスと接触するフィルター又はタバコ
を有する喫煙装置の発明が記載されている。
ここでタバコ充填物1は、前記記載事項、
また、吸い口6は、その中にタバコを保持するためには当然外周は何らかの包装材で囲まれているものと認められ、また、その燃料棒側には、セルロース、プラスチック、金属箔、蝋、または圧縮された材料で形成されたプラグ又はブロッキング5”を有するものであって(前記記載事項
なお、請求人は、甲第1号証のもののタバコの吸い口側は、煙霧質に対し透過性であり、吸い口を閉鎖して喫煙装置内部の材料の脱落を防止する機能を有しており、吸い口閉鎖部材に相当すると主張しているが、例えそれが結果的に吸い口を閉鎖する機能を有するとしても、それは吸い口を閉鎖する目的で設けられたものとはいえず、吸い口閉鎖部材に相当するということはできないから、この点に関する請求人の主張は採用できない。
2. 本件発明と甲第1号証に記載された発明との対比
そこで本件発明と甲第1号証に記載された発明とを比較すると、両者は、
紙巻きタバコ疑似の喫煙装置であって、
(a) 長手方向に延びる貫通通路を有する円筒状の燃料棒(ここで該通路の吸い口端から遠い方の端部は燃料棒の燃焼中に少なくとも大気と連通している)、
(b) 前記通路の一端部とガス連通している、前記燃料棒の吸い口端部に位置する室、および
(c) 前記室の中に位置し、前記通路から前記室に吸い込まれる熱い喫煙ガスと接触する材料を有する喫煙装置
の点で一致し、以下の点で相違する。
<1>前者では、室の燃料棒から遠い方の端部に、煙霧質を透過し得る吸い口端閉鎖部材を有しているのに対し、後者では吸い口端閉鎖部材を有していない点。
<2>室の中に、設けられた熱い喫煙ガスと接触する材料が、前者では、熱い喫煙ガスと接触したときに煙霧質を形成しうる吸入材料であるのに対し、後者では、フィルター又はタバコであって、吸入剤による煙霧質の形成及びその喫煙者の口中への解放については特定されていない点。
3. 相違点についての判断
次に、まず相違点<2>について検討する。
この点について、請求人は、甲第1号証では、吸入材料は、通常の2倍程度の密度に固めたタバコの葉、又はシガレットに常用される種類のフィルターに含まれるものであるとして、それがタバコの葉の場合とフィルターに含まれるものの場合の双方について、室の中に位置するこれらの材料が熱い喫煙ガスと接触したときに煙霧質を形成することは明らかであり、本件発明と区別ができないと主張している。
まず、請求人は、タバコの葉の場合について、タバコの葉がニコチンその他の煙霧質材料を含むことは周知であり、熱い喫煙ガスと接触したときに煙霧質が発生することは明白であるとし、その根拠として甲第2号証の前記記載事項
しかし、甲第1号証の喫煙装置の吸い口に詰められたタバコは、前記記載事項
とすれば、甲第1号証に吸い口に詰められたタバコが記載されていても、そのタバコの含有する有害成分であるニコチンを煙霧質化して吸引するという、同号証記載の発明の目的に反する技術思想が甲第1号証に記載されているとはいえないし、また、示唆されているということもできない。
また、請求人は、甲第3~5号証の前記記載事項、
しかし、本願の明細書の特許請求の範囲第5項の記載によればトリアセチンは香味料溶液と共に用いられており、これは通常のトリアセチンの用途が香味料の固定剤であること(必要ならば、化学大辞典編集委員会編「化学大辞典」、共立出版株式会社、昭35-3-30のアセチンの項を参照)、及びトリアセチンはフィルターにおいては可塑剤として用いられるものであり(前記記載事項
このように、甲第1号証には、吸い口端部に位置する室の中に、熱い喫煙ガスと接触したときに煙霧質を形成しうる吸入剤材料を有している点は記載も示唆もされておらず、また、本願発明は、この点により、明細書に記載されたように喫煙中のニコチンの損失を防止し、かつ一酸化炭素等の有害な化合物を吸引しないという効果を奏するものである。
したがって、前記相違点<1>については判断するまでもなく、甲第2~5号証の記載を参酌しても、本件発明は、その出願前に頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるとも、その出願前に頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるともいうことはできない。
Ⅴ.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効にすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年11月15日
審判長 特許庁審判官
特許庁審判官
特許庁審判官
請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。